第4回 MOON CINEMA PROJECT 座談会

今回は第4回MOON CINEMA PROJECT一次選考通過者の4名、上杉哲也さん(以降上杉)松本優作さん(以降松本)古川原壮志さん(以降古川原)松浦泰仁さん(以降松浦)と、第一回グランプリの長久允監督(以降長久)をお迎えし、MOON CINEMA PROJECTプロデューサーの田中雄之(以降田中)が司会を務め、座談会を開催しました。 「なぜ映画を撮るのか?」「映画を撮る上で大事にしていることとはなにか?」 それぞれの候補者の皆さまにこの2つの質問を投げかけます。

田中:ではまず始めに上杉さん、自己紹介をお願い致します。

「Portrait」上杉哲也さん

上杉:「Portrait」いう企画の上杉哲也と申します。
写真家の女性と海外で働く家具職人の男性の遠距離恋愛のお話で、その二人がどういう風にすれ違っていくか、というお話を描きました。
普段は CM がメインですが、ずっと脚本を書いたりとかはしていたんですけど、なかなかそれを世に出すことがなくて悶々としていた時にこの企画を知りまして、今だと思って応募したら一次選考通過の連絡いただいて、慌ててPR映像を作って今日に至るという流れになります。

田中:PR映像は実際に撮影されたものですか?

上杉:PR映像は選考通過した次の日みんなに電話したりして、友人の家だったりとか事務所の屋上で撮影しました。CMをやってると、きっちりと許可をとって撮影というのが多いので、今回のような自由な撮影はすごい楽しかったです。
周りと元々映画を撮ろうと言っていたので、やっと来たかという感じで周りも喜んで参加してくれたというのが一番大きいですかね。

田中:ありがとうございます。それでは続いて松本さん、自己紹介をお願い致します。

「バグマティ」松本優作さん

松本:「バグマティ」という企画を書きました松本です。この話は自分の大切な人を亡くした人がネパールのバグマティ川へと向かうお話です。バグマティ川はインドにあるガンジス川へと続く川のことです。そこにはネパール最大のヒンドゥー教寺院「パシュパティナート」(火葬場)があって、ヒンズー教と仏教が仲良く両立している場所です。この映画の主人公は自分の大切な人を思いながら、日本からネパールのバグマティ川へと向かうお話です。
僕は昔から「深い河」という小説が好きだったんですけど、あの小説も色々なことを抱えている登場人物たちがインドに行くというお話です。
話としてはすごいシンプルなんですけど、そこに実際に自分が体験したこととか人が体験したこととかっていうのをできる限り入れて、フィクションなんだけどノンフィクションと言うか、フィクションでは撮れないようなリアルな物語を作っていきたいなと思っています。僕自身、様々な体験をしたネパールでこの映画を作りたいと考えています。

田中:長編が来年公開されるとのことですが、そちらはどのような経緯で製作されたんですか?

松本:来年の3月にテアトル新宿で「Noise」という映画を公開するんですけど、23歳の時に僕が初めて作った長編映画です。学生時代から自主映画を作っていたんですけど、なかなかうまくいかなくて関西から東京の制作会社に来て AD をやってたんですけどそれも全然うまくいかず辞めてしまって、どうにもならないからと思って自主映画を始めて、クラウドファンディングとか知ってる会社とかいろんな人に会いに行ってお金出してくださいとかっていうのをして、ようやくなんとかギリギリ長編撮れるんじゃないかなっていうお金が集まって作った映画です。企画を思いついたのは15歳の時なのでもう10年になります。
たまたま僕が15歳の時に自分の友達が自殺で亡くなっちゃったんですけど、それと同じ時期に秋葉原の事件が起こったんですね。そこで自殺と他殺と言うか人を大量に殺して自分も死ぬみたいなそういう事件にすごくリンクしたと言うか、全然自分の友達と秋葉原の事件は関係ない出来事なんですけど、何か自分の中ではすごくリンクをしていてその中学3年生の頃からずっとそれを思っていて、学生の時に「Noise」の元となる短編を作ったんです。けどそれが全然うまくいかなくて、やっぱりもう一回ちゃんと自分の中で撮らないと次に進めないなーっていうのがあったのでチャレンジしてみました。 いろんな方々の協力があってなんとか完成しました。自分の思いを一人ずつ丁寧に伝えていくと、なんの実績もない人でも話を聞いてくれるんだなーっていう事を実感しました。 今は、社会とリンクするような物語を作って、作品の存在の理由、存在価値のあるものを作りたいなと思っています。

田中:ありがとうございます。それでは続いて古川原さんよろしくお願い致します。

「緑の雪」古川原壮志さん

古川原:「緑の雪」という企画を書いた古川原壮志です。「緑の雪」は人生の終末期、人生の最後の瞬間を迎えた老夫婦のお話です。奥さんの方が先に亡くなっていて、その2年後に旦那さんが寝たきりに近い状態になっているお話です。
企画のきっかけは、僕の祖母が寝たきりなんですけど、普段あまり会っていなくて、お正月実際に会ったら喋れなくなっていて、文字盤みたいな50文字が書いてあるボードを指さして会話するみたいなことをして、それでも意識が凄いはっきりしていました。その時すごいすまなそうにして「ごめんねごめんね」「喋れなくなって申し訳ない」と、そんな気持ちがあったみたいです。
そういう思いで祖母がいるのがショックだったのと、それで何を思っているのかなというのをすごい考え始めて。僕の母方の祖父母はすごく前に亡くなったんですけどその時のことも思い出して、高齢化社会じゃないけど介護のことを自分の身の回りでも聞き始めていたので、そういう思いっていうのを形にしたと言うか、自分の経験に基づいたエピソードをベースにしつつ、今の現状みたいなのはどうなんだろうというのもリサーチしてまとめてみました。

田中:PR映像の冒頭はご自身の話ですか?

古川原:PR 映像の冒頭部分は僕の本当の経験なので僕が喋ろうと思って、僕の声で喋らないといけないと思いました。あの話を考えたきっかけが、ずっと昔に亡くなったおじいちゃんおばあちゃんの会話、ぼくは幼稚園生とかだったんですけど、周りから聞いていた二人の関係をようやく今になってちょっとずつ理解できるというか、こういうことを思っていたのかなとか考えられるようになったんです。おばあちゃんが自分が癌だってわかって死にそうになった時に、おじいちゃんに言った言葉の意味、あの時すごい本当は怖かったんだよなぁとか、今のおばあちゃんが寝たきりになっている時にようやく考えたり理解しようとできて。そこがすべてのスタートであって、そして実際映画にしようと思った時に現状の終末医療などのことって自分の知ってる範囲は狭いので、介護施設を見学させていただいて、緩和ケアの病院で色々お話を聞いて、という流れですね。

長久:普段はCMディレクターをやられていると思うのですが、そのトーンとPR映像のトーンは違いそうですが、その辺りはどうですか?

古川原:普段は確かにCMディレクターをやっているんですけど 、元々いろんな映像をやりたくて、CMもミュージックビデオも映画もいろんなものがやりたいっていうのがあって、やっぱりフォーマットによって表現の仕方って違うじゃないですか。
15秒とか30秒の表現の仕方とか、それはそれにあったものがあったりして色んなものにトライするというか実験的にやるというのが元来好きで、映像を分けて考えるというより、短編だったりとか長いものやるとそこでできることとかもあるので。すべてに惹かれます。

田中:ありがとうございます。それでは続いて松浦さん自己紹介をよろしくお願い致します。

「27クラブ」松浦泰仁さん

松浦:「27クラブ」という企画をしました松浦です。 「27クラブ」というのは、皆さんご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、海外の有名なアーティストだったりミュージシャンなどの才能ある方たちが、27歳で亡くなっている事から都市伝説的に生まれた言葉です。その天才は才能の代わりに27歳という短命で死んでいくんじゃないかっていう話から、今回思いついた企画です。
ざっくり言うと僕自身の話というか、僕がずっと思っていたことを映像にしたという感じです。僕も今年28歳になってしまって、当たり前ですけど僕は天才じゃなかったんだと。

長久:僕も思いました、まだ生きてるって。

松浦:小学校の頃から自分はずっと特別なんじゃないかっていう気持ちをずっと抱えて生きてきたんですけど、やっぱりいくらやっても、どうしても天才にはなれない自分がいて、主人公にそれを投影してるつもりでいます。この映画を作ることによって僕自身はまだ天才を諦めきれてないというか、もがき続ける意味でも今回の企画を応募しました。
またある意味、逆に考えて、天才じゃなくても人の人生を変える事ができたりとか、生きてく上で幸せを見つけられたりするんじゃないかという、自分への応援でもあり期待でもある、そういうのが入り混じった企画になっています。

田中:たまたま松浦さんの作られたCMを見たらアニメーションだったんですけど、普段はそういう作品が多いんですか?

松浦:元々は CG デザイナーでこの業界に入ってて、そこからCGだったりモーショングラフィックスを使って全体を作る監督をやったりとか、たまに実写の監督をやったりという感じです。だからこそできるものがあるのかなと考えています。今回の実写映像もできるだけその特色を出していけたらと思っていて、もしも今回グランプリを頂けたとしても500万円では、がっつりした CG や細かいところに CG を入れていくのは難しいと思うんですけど、僕自身ができることによって500万円以上に価値のあるCGを使った映画が作れるのかなと思っています。もし他の人にCGを頼むにしても、やっぱりCG が分かっていて撮るのと、分からないで撮るとでは、その後の処理の仕方が全然違うので、その辺は特色として出せればいいかなと思ってます。

長久:デザインもやられてるんですか?ロゴデザインも可愛いですよね。
松浦:自殺をテーマにしてるんですけど、暗い話には全くしたくなくて。あくまで明るくて勢いのある感じにしたいので、ポップな雰囲気が出せればと思い、可愛いロゴを考えてみました。

なぜ映画を撮るのか

田中:ありがとうございます。それでは早速皆さんに「映画を撮るっていうのはどういうことですか?」ていう哲学的な質問をしたかったんですよ。なぜそれを聞きたかったというと僕もそうなんですけど、普段皆さんも広告の仕事とかやるじゃないですか。広告とかやったりとかして、映画だけをやってますという人ではないと思ってて、過去のグランプリの人たちもみんな図らずもそうなんですね。僕も僕なりに、普段 CM をやってる時と映画をやる時って、モチベーションというか考え方が違うんですよね。皆さんも普段 CM やっていて、今回映画を撮るってなった時って何が違うのか、違わなくてもいいんですけど、映画を撮るってどういうことなのかっていうのがもしあれば教えてほしいなと思ってます。

長久:すごい大きな質問ですね。

田中:何で映画を撮るんですかっていうのが興味深かったんで。

長久:「映画とは何か?」っていうよりかは、「何で映画を撮るんですか?」って言う質問ですね。

田中:普段も映像の仕事をされている訳じゃないですか?わざわざ映画の企画を応募して、投票までされて、そこまでして映画撮ろうって思うモチベーションの源は何なのかなって。

松浦:僕は結構エゴ100%だなって思ってます。さっき企画の説明でも自分のことを書いたって言ったように。それもあるんですけど、やっぱり広告の仕事ってクライアントだったりとか、ミュージックビデオの場合だとアーティストの方だったりとか、その人たちの求めてることをなんとなく聞き出して、それと自分の持ってる技術だったり知識を混ぜ合わせて外に出すじゃないですか。それもありつつ、かつ修正も来たりするので、どうしても自分のやりたいこと100%じゃないし、自分が思ってること100%じゃない物ができます。僕はそれはそれで結構楽しくて、今の仕事も全然楽しんでやってはいるんですけど、やっぱりその中でちょっとずつ自分の考えているものだったりとか、自分の作りたいものというのがあって、他の作品を見たりした時も自分だったらこうするのになっていうのがどんどん溜まっていって、そういうなんか自分のエゴを吐き出すというと言い方が悪いんですけど、そういうのを全部ぶつける為に映画を撮りたいなと思いました。

田中:映画を作るのは初めてなんですか?

松浦:映画は初めてです。

長久:でも、企画書の時点でシナリオ書き切ってましたもんね。

松浦:逆にどういうフォーマットで企画書を出すのがいいんだろうっていうのが分かってなくて、今回応募しようと思ったきっかけが、長久さんのTwitterを見てて…

長久:あ、ありがとうございます。

松浦:普段映画をやってる人と違って、会社員だからこそ企画書がわかりやすく出せるって書いてて、たしかになと思いました。色々と調べてMCPの第2回の応募作品の企画書を見たら、意外と思ったよりざっくりとしてたので、そっちの方向じゃない、とにかく思いっきり作り込んだ企画書を出して、それでダメだったら諦めようって感じだったので、シナリオも結構ガッツリ書いてあります。

長久:僕 、Twitter でいいこと言った!笑
でも、こんな企画書で選ぶコンペなんて他にないですからね。

田中:普通はもっと実績で選ぶとか、そういう感じもしますけどね。
変な話ですけど、僕がどれだけこの企画にしたいと思ってもできないので。

長久:あぁ、ウェブ投票だから。

田中:コンペはあまりないですからね。基本的には、最終的に自分たちの好きな企画にしたいはずじゃないですか。それをしないっていうのも珍しいんで、みんなに応援されるものにしたいていうのがあって、こういう企画には、してるんですけども。

松浦:広告ってどうしてもちょっと邪魔に思われることが多いじゃないですか。CM も飛ばしがちだし、YouTube の CM も大体みんな嫌がるというか。僕は好きなので結構見たりとかするんですけど。そこも切ないポイントというか、あくまで広告は最終的にはコンテンツには勝てないと思うんで、そのコンテンツに勝てないなら、コンテンツを作れる人になっておかないと広告でも戦えないなと思いますし、広告よりも先にあるコンテンツの場所でも戦ってみたいなという感じですね

長久:謎の勝ち負けだけど笑。そこの勝ち負けは難しいところですけどね。
田中:上杉さんはいかがでしょうか?

上杉:広告の人が多いと思うので皆さんと同じになっちゃうと思うんですけど、僕の「Portrait」という企画も、もともと自分がそう思っていたところから生まれていて、仕事していて自分を見失いがちだったりとか、いろんな企画に対して本気で取り組もうと思ったら、やっぱり気持ちを入れていかないとやっていけないところもあって、ただ、気持ちを入れすぎると自分が折れちゃうところもあったりとか、そのバランスを自分の中でうまく組めなくなってしまうということが結構若い頃にあって、20代の頃はそれに対してすごい違和感を覚えてました。今、35歳なんですけど、だんだん慣れてくると、そこに対しての程よい距離感を覚え始めて、自分で自分をうまく納得させてる所っていうのがどうしてもあって…。

長久:自分を納得させるのが上手になっていきますよね。

上杉:そうですよね。それがすごい怖いことだなって思っています。自分の考え方とか主張とかそういうものはなく、ただ技術としてだけ仕事するだけじゃなく、自分の思想を持って働いていきたいというのがあります。ただ CMの仕事がそういうものだって訳じゃなくて、やっぱりCMはすごく好きだし、 CMに対しての自分なりの美学もあります。ただ、それだけじゃ補えない自分の理想があるので、自分の考えをしっかり定義するものとして、脚本を書き上げました。仕事でコペンハーゲンに行った時に、価値観が全然違うんですよね、向こうの人達は。そういう価値観とかの問題とかもやっぱり気になってきて、日本の広告業界の価値観だったりとか、映画業界の価値観、いろんな価値観があるなかで、自分がどういった映像を今後作っていきたいかって考えた時に、自分なりの映画を作りたいと思いました。
だからずっと脚本を書いていたりとかはしていましたが、元々映画業界にいた訳ではないので、コネクションがあったりとか、そういうのが全くないわけじゃないですか。そうすると、どうしても映画業界は遠き世界ではあるんですよね。仕事じゃないので、どれだけカフェでずっと悶々としながら脚本を書いていたってお金には一銭にもならないわけじゃないですか。

長久:ならないですね笑

上杉:それでも、自分の考えをしっかりと声を出して言いたかったというか、言うことによって自分に対してもちゃんと確認したかった。そういうところが自分が映画を作りたいと思った一番大きなきっかけという気がするかなと思っています。
僕は宮崎駿がすごく好きなんですよ。20代の頃は、宮崎駿を勝手に師匠と思ってたところもあって。ジブリのドキュメンタリーとかを見ながら、大人になってもあんなに楽しそうに仲間たちと仕事をしてている姿がすごくかっこいいなって思ったんですよ。ああいう大人になりたいってずっと思ってて。だから自分の中の理想の大人って言うと宮崎駿なんです。宮崎駿みたいに60、70になってもワクワクしながら仕事ができる大人になるためにはどうしたらいいんだろうなって常に思っています。

田中:松本さんはいかがですか?

松本:僕はどっちかと言うと、ずっと映画を作りたかったので、広告からスタートというよりは自主映画からスタートした、といった感じでした。
東京に来た時は自主映画をやりながら、運送屋とかでバイトしていて、でもバイトでやっぱ忙しすぎて自主映画を作る時間がなくて。バイトだと頑張っても毎月20万ぐらいなので、なかなか生活ができなかったというところから、たまたま広告の仕事を紹介していただいて、 WEB CM を作るところから始まりました。広告をやっていくと、自分の中で結構映画に費やせる時間が作れるなって言うところから始まったんですけど。広告の撮影も自分が一緒に映画を作ってる仲間達とやっています。なので基本的に同じチームでやっているので、広告の考え方とかも、もちろん頭の中で切り替えるんですけど、チームとして上に上がっていってる感覚があって、自主映画だったら100万円しか使えないけど、広告だったらもう少しお金を使えるので新しい機材を試してみようかとか、挑戦的な演出をしてみるとかそういう自分なりの試行錯誤をしながら広告をやっています。僕自身、広告の仕事はどういう仕事なのかいまいちわからないところもありますし、逆に2年ぐらいやってきて、かなり社会不適合者だった僕が、人とちゃんと話せるようになってきたっていうのもあります。そこが「良くも悪くもだな」と自分では思ってるんですけど、クライアントの方が言うことを最近は素直に受け入れられるようになってきてます。昔はかなり喧嘩しちゃっていたので、あまり広告に向いてないなと自分では思ってるんですけど、だからこそやっぱり僕は映画を本気でやりたいので、たまたま今は広告をしてるっていうだけだと思いますね。

田中:自主映画を学生の時に始めたって言ってましたよね?

松本:「Noise」っていう長編の前に、2作品ぐらい短編を作っていて。

長久:結構作ってますね。

松本:かなり作っていて、初めは8 mmとか16 mm とかで作ったりしていて、ようやく社会に出てデジタルをやったんですけど。学生時代とかにスーパー16 mmとかのフィルムでずっとやってこられたっていうのが、今になって役に立ってるなって思っていて。

長久:なんで学生の時に容易く映画を撮る選択をできているんですか?

松本:全然容易くは撮れてなかったんですけど…。

長久:そういう部活とかがあったんですか?

松本:いや普通に友達とです。

長久:小説でもバンドでも映画でも、選択肢はあったと思いますが、なんで映画を選んだんですか?

松本:元々10年以上バンドをやっていて、初め X JAPAN が大好きだったんで
10年ぐらい小学校5年生ぐらいからずっとやっていて、ただ先が見えちゃったんですね。確実にプロにはなれない、と。

田中:早い笑

長久:それ、高校の時に?

松本:そうですね、高校の時にクビになっちゃったんですよ。お前下手くそだから辞めろって、辞めさせられて。だったらミュージックビデオを作ろうかなって言うことで、一応ミュージックビデオから映像に入ってきたっていう感じですね。そこから映画に取り憑かれていったんですけど。

長久:映画を作るチームは大学生の仲間とかですか?

松本:年齢もバラバラで、20個上とかいっぱいいますし。ただ、同じ目線で話せるので年齢の差は全然感じなかったりとか。言いたいことを言えるとかそういうなんか、ある種映画ってチームで作ってる気がするので、カメラマンとか監督とか、一応役職はあるんですけど同じ目標に向かって作品を作っていくっていう意味では、広告もあんまり変わらない部分がある気がします。

田中:高校の時に映画撮ろうって思わないですよね。

長久:僕も全然、『バトルロワイヤル』ぐらいしか見たことなかったです笑

田中:古川原さんはいかがですか?なぜ映画を撮ろうと思ったんですか?

古川原:僕がやっているのは自主制作というか、自分がやりたい脚本を書いて、自分がお金を出してやるっていうものは、原作があって商業で利益を出していくのと、またちょっと部類が違います。今回やろうとしてるのは、オリジナル脚本で自分のやりたいものをやるっていうものなので、商業映画とは想いや考え方が違うというか。自分がオリジナルでやろうとするものに対して思うのは、パーソナルなこと、思い出とかからモチーフやテーマを自分の記憶から掘り起こしていくものなので、「いつかはやらなきゃいけない」みたいな、自分の中でどこかモヤモヤと残っているものがあって、それを形にしていつかどこかで出さなきゃなって。その為の映像です。CM では、クライアントさんがいて、この商品をこう見せたいといった思いやテーマがあって、代理店さんで企画をすごく考えて、どうやったら人により伝わるかとか、そういうのを考えた思いを僕が受けて、演出をどうするかというものなので。役割自体が既に違うというか。今回やることに関していうと、CM でいうところの頭からお尻まで全部自分一人でやって、自分で自分をプロデュースみたいなことなので。
自分自身を作るという感じでしょうか。今回オリジナル脚本でやるということは。

田中:CM ディレクターを始める時から、いつか映画をやろうと思ってたんですか?

古川原:そうですね。僕も入り口は映画ですね。松本さんと近いんですけど、高校の時に映画がすごく好きで、作れないかなと思って、放送部の機材とかを借りて、友達と撮影して文化祭で上映とかやっていて。それで、映画だけじゃなく、映画の予告編とかですら面白いと思って。ミュージックビデオとかも見始めると、こんな表現手段があるんだと思い、また長い映像とは違う発見があったりして、そこからズブズブ入っていって、CMがあったりミュージックビデオがあったり、色んなものがある!というのが自分の中で溢れちゃって…。

長久:ミシェル・ゴンドリーとかの世代ですよね!

古川原:まさにそうですね。ゴンドリーとかクリス・カニンガム。ああいうのがすごい流行って、そこから映画も出てくるし。元の表現手段を辿ると、ミュージックビデオでこんなのある!とか CM でこんなになってる!すげー!っていうのに飲まれて、っていうのが学生時代ですね。高校から大学はそういう感じで。
僕の入った大学がコマーシャルを作る人が多くて、結構コマーシャルを見る機会が多くて。

長久:どこの大学ですか?

古川原:海外のアートセンターって大学なんですけど。気が付けば、そういった映像をすごいやるっていうのが僕の入り口でした。

田中:大学はアメリカのカルフォニアですか?カリフォルニアの大学に行く人って、映画をやるぞ!っていう人が多い気がしますけど。

古川原:映画はすごい作りたいっていうのはあったんですけど、行く前もそうなんですけど、まさにおっしゃっていた通り、当時はミシェル・ゴンドリーとかのミュージックビデオがガンガン流れてて。すげー!ていうのを本当に思ってて、実験映像も色々見るようになって、学生時代短編みたいなのも作ったりしてたんですけど、大学の授業でもコマーシャルを作るっていうのをやってて、普通に僕は全部好きで、面白いからとにかく映像を作りたいっていうのが想いが強かったです。全部がとにかくやりたいという感じでした。

何にこだわって作るか

田中:ありがとうございます。それでは二つ目の質問です。映画を撮ることにおいて大事にしている事って何かあると思うんですけど、これは絶対に譲れないと思っていること、それはもしかしたら映画だけじゃなくて映像を撮る上でこれは譲れない、これは絶対守ろうと思っていることってあったりしますか?
企画書とPR映像は頂いてるんですけど、どういう映画になるのかな、ていうのを少しでも想像できるように、何に拘っているのか、というのを聞けると嬉しいなと思っています。
長久さんもよろしければお話伺えますか?

MOON CINEMA PROJECT第一回グランプリ「そうして私たちはプールに金魚を、」長久允監督

長久:僕は2個あって映画でなくてもいいんですけど「使命感を感じるか」みたいなところです。『そうして私たちはプールに金魚を、』を撮ったときには、ニュースを見て、異常な、盲信的な僕が映画にしなきゃ駄目だというような使命感を感じました。そういう使命感が絶対にないといけないっていうのをルールにしています。
二つ目は僕は青学でフランス文学をずっとやっていてシュールレアリズムを専攻していたんですけど、ちょっと僕は普通の映画が大嫌いで、人間を舐めてるように感じちゃうんですね。起承転結が完璧で、これで泣くように完全に作られているような映画たちですね。
僕はやっぱり人間の心の、ロジックでは整理できない「なぜか美しい」とか「心が処理できない」ものを、もうちょっと映像で世の中に出したいと思っています。
今の世の中には、そういうものが0.1%ぐらいしかないと思うんですけど、そのパーセンテージを増やしてあげないと動物が本来感じている、本当は20%ぐらい感じていなければいけないことが、0.1%ぐらいになってしまっているから、それをもうちょっと引き上げるために、モノを残したいなという大きな使命感があって、その使命のために人生を使いたいなと思っています。だから僕はそういう破綻した物語が好きだったりしています。

田中:上杉さんはどうでしょう?映画を作る上でどういったことを大事にしていますか?

上杉:僕は昔自分が映画を見て救われた時の感覚を大事にしています。なんか辛いことがあって誰とも話していないとか、そういう閉鎖的になってる時に映画を見てたくさん救われてきました。日曜の夜に映画を見て月曜日の朝には気分が変わっているような、そういう思いをいっぱいしてきたので、自分の映画を見た人が前向きになれたり自分だけじゃないと思えたり、そういう気持ちになれる映画を作りたいなとずっと思っています。
映画の登場人物の気持ちに寄り添えて、しっかりと感情移入できて、登場人物と一緒に次の一歩を踏み出せるような。そこが自分の映画体験として大きかったので、おこがましいですけど、自分が作った映画でも誰かを救いたいなという気持ちで作っています。
なので自分の脚本はヒューマンドラマ的な要素が大きくなるのかなと思っています。アクションとか、ホラーとか強い刺激の表現はどうしてもちょっと置き去りになっちゃうかなと思うんですけど、人の感情の揺れ幅であったり苦悩や葛藤、そういうところはしっかりと描きたいです。

田中:ありがとうございます。続いて松本さんは、どういったことを大事にしていますか?

松本:僕は結構突発的に撮らないといけないって思って撮るタイプなので、これ撮らないと自分がこの先進めないなとか、全然大げさに言っているつもりじゃなくて、この先、生きていけないなというぐらい強い気持ちがないと作れるものじゃないなと思っています。
それぐらいの気持ちがないとこの先この作品と自分が付き合っていけるか分からないです。
今のやつも(映画「Noise」2019年3月テアトル新宿ほか全国で劇場公開予定)5年以上の付き合いになると、その気持ちがないと作れないと言うか、作り上げて完成して上映まで持っていけないなっていうのがあります。
やっぱり本当にこの作品、何かわからないけど作らないと前に進めないなっていうところから始まっていて、そのモヤっとした漠然とした思いの答えを、映画を作りながら探していくっていう作り方を今までやってきました。
決めていることと言うか僕としてやりたいなと思っていることは、役者の体験してきたこととか、自分が体験したことというのをどれだけちゃんと混ぜ込めるかというのが僕の中でのリアリティなんですけど、それをやるにはいかに役者の人とちゃんと話をできるか、リハーサルでなく、物語に対して、自分が経験してきたことに対して話し込めるかっていうところを結構大事にしています。
自分が撮った映画で言うと主役の女の子のパーソナルな話を反映して台詞の中にいれていて、僕の映画はやっぱりそのくらいすごくプライベートな映画なのかなと思っています。
それを狭く閉じ込めるんじゃなくて、オープンにしたプライベートな映画を作りたいなと思っています。
あとは具体的なことで言うと、カメラの位置を大事にしたいなと思っていてこの物語のこのシーンの時にその場所にカメラがあるのはおかしいんじゃないかとか思うことがあるんです。
例えば犯罪を犯した家族がいるとして、加害者家族に対して記者が家の前まで来てつめよるシーンがあるとします。物語としては加害者の主犯だった男の子は部屋で自殺をしてしまったという設定だとすると、僕としてはやっぱりカメラは外にあるべきで中に入れてはいけないと思うんです。
社会を見た時にそこにあってはいけないなと思ってしまうんですね。都合のいいカメラの置き場所と言うか、それは僕の中でなんと言うか気にしていると言うかそういう映画は結構嫌いで、そこにカメラを入れるのが映画の嘘だとしてもどうなのかな、と思います。
カメラというか結局は人の目のことだと思うんですけど、窓がどこにあるかっていうことで、自分なりの正義感と言うか、人には具体的に説明できないですけど感覚的にはここに置けないなというのがあったりはしますね。
僕の場合は本当にあった出来事というのがベースになってることが多いので、だからだと思うんですけど自分なりのマナーがそこにはあって、事実のことに対して表現としてここは絶対行かないとか。 いいカメラマンてここは撮らないってちゃんと感覚でわかると言うか、戦場に行っても海外に行っても、いろんなところに行ってここは撮ってはダメだ、と感覚的にわかるっていう人が僕は好きで、バシバシ撮るんじゃなくて、ここっていうところだけを撮れる人になりたいって思いもあります。それが「嘘」のというか完全なフィクションの話だったらいいと思うんですけど、事実とかを扱う上では自分なりのルールがあると思っています。
これは作らないといけないなと思っているので、今回に限らずちゃんと作っていきたいなと思っているんですけど、こういうチャンスも中々ないし、プライベートな映画でもあってコンテストと言うか企画コンペでないと撮れないなあと思っていました。
これに出資はなかなかしにくいですし、僕としてはすごいチャンスだなぁと言うか、なかなかこういう企画でコンペをするっていうのは素晴らしいなと思っています。

田中:ありがとうございます。続いて古川原さんお願い致します。

古川原:僕は「緑の雪」を、静かな、静寂というか静謐な映画にしたいと思っています。
終わった後にクレジットが出てきても、ずっと映画の余韻に浸っているというか、この話はドラマチックにガーンっていうものではもちろんないと思いますし、その世界観が最後の最後、クレジットまでいってもずっと何か残っているみたいな感じにしたいというのは思っています。
あと音楽は使いたくないと思っていて、僕の今回の企画は森の音がテーマでもあり、それを効かせて残したいなと思っていたので。最後暗転してクレジット出ているところでもずっと森の音が聞こえてくるような、それで想像させると言うかクレジット終わるまでその世界に浸っているようにしたいと思っています。全体的なイメージで言うと。
介護のシーンは、見学に何件か見せていただいたりしたんですけど、やっぱり介護士さん大変だなあと思って、話にも書いているところで、オムツ変えてる時とか触って拭いてたりするときに反応しておしっこが出てきちゃったのを「ああ、いいよー」なんて拭いていて、すごいなって言うか立派と言うか、僕そんなことしたことないですし。
床ずれのアザがあったり、爪とかすごい変形してたりとか足がすごい細くなっていたりとか。リアルな、あんまり見る機会のないすごい光景だなと思って。普通にお話で、フィクションで全部やってしまうとそういうのって結構見えてこなかったりすることが、実際にみせてもらってそこで気づけてドキッとしたことがあったから。そういうのは入れていきたいとは思っています。それをあえてバーンとクロースアップで見せるみたいなのではないですけど、流れの中で介護って大変というか、こういう痛々しい部分もあるとか、そういうものはちゃんと入れたいなと考えています。

長久:それはドキュメントとかリアルの映像を入れるということですか?

古川原:足とか一部の画とかそういう映像を、キャストで撮影しているものに混ぜていきたいとは思っています。

長久:やっぱこのテーマってドキュメントのが強かったりするじゃないですか。実際のメッセージとか状況を伝えるというのはそれでもフィクションを選んでフィクションで語りたいっていうのはなぜですか?

古川原:PR映像にあった一番最初の僕が喋った内容なんですけど、おばあちゃんが死んじゃう時におばあちゃんはとにかく怖がってたみたいで、わがまま言ったりとか結構していたみたいで。僕は後から聞いたんですけど、おばあちゃんが「一人で死ぬの怖い」っていうのは病院の先生とか他の人には言わずに、おじいちゃんにだけ言っていて。おじいちゃんは「すぐいくから待ってて」みたいな、要は「すぐ後から逝くから大丈夫だよ」みたいな話を二人っきりで話している時にうちの母が入ってきて「何言ってんの。私ひとり残してどうすんの」みたいな話があったことを昔に聞いて。僕はそれを最初は意識してなかったんですが、今回の寝たきりのおばあちゃんのことがあったりして、そこから衝撃を受けて、物語を考えて書いていくうちに根本は何だろうと思った時に、そこかなと思ったんですよね。
死の直前にいて怖い、そして本当に親しい人にだけ思いを吐露するって言う、自分のおじいちゃんおばあちゃんのその時の関係みたいなものが心のどこかに残っていたのだと、脚本を書いてリサーチしていたら回り回って気づいたと。
だからドキュメンタリーを見てすごいなとも思うんですけど、またそれとは違う僕の物語というか僕の思い出があるので。それはドキュメンタリーの当事者たちにはないものなので、そのリアルを持って描きたいと思っています。

長久:いい感じの「ほっこり」みたいにならないといいですよね。

古川原:「ほっこり」にはならないと思います。最後の最後って家族によって結構いろんなシチュエーションがあって十人十色だと思うんですけど。悲しいことだし、亡くなったら後悔が絶対に残るという話をお聞きしたりもして、何が正解かわからない瞬間なんだと思っていて。だからあんまり答えを明記するような感じではなく、根本の主人公の苦悩みたいなものを描きたいと思っています。

田中:ありがとうございます。それでは最後に松浦さん、どういったことを大事にされていますか?

松浦:僕は全体通してというより、部分部分と思っていて、見ていて気持ちいい映像を撮りたいなと思っています。
これは僕がCG上がりというかCGをやっていたというのがすごいあると思うんですけど CGとか手書きアニメーションというのをやってると1フレームから2フレームちょっと変えるだけで全然印象が変わります。普通に映像を見ていても、僕はこのカット気持ちいいなと感じると、本当にそこのカットだけをずっとコマ送りで見ていたりすることが結構あって、CMでも映画でもそういう気持ちいい瞬間をできるだけ増やしたいと思っています。今回だと30分という中でどれだけ増やせるかっていうのに挑戦したいなと思っています。
それは単純に映像の動きの気持ち良さていうのもあるかもしれないし、音楽との同調だったりとか、後は逆に音楽が鳴っていて無音になる瞬間が気持ちよかったりとか、そういういろんな気持ちいい瞬間っていうのを作っていきたいなとは思っています。だから僕は音楽をいっぱい使いたいなと思っています。どれだけ許可が取れるかはわからないっていうのはあるんですけど、できるだけ音楽が鳴っていてその音楽と同調した映像を撮れるかっていうのを挑戦したいなと思っています。
CMとか映画って映像ありきで、その後音をつけるとかそういうものが多いと思うんですけど、やっぱりどうしても映像よりも音楽の方が空気の振動なので、人の五感には強く訴えかけてくるのかなと思っています。
だから気持ちいい音楽が先にあって、その音楽のタイミングに合わせて映像を作っていきたいです。
さらに言えば結果的に気持ちいい映像になるのであれば実写だけじゃなくて、自分の特徴であるCGも使っていこうと思っています。
全体の指針ていうより細かい方針になっちゃうんですけど。

田中:先に音楽を作るということですか?

松浦:先に音楽を作ったり、すでに発表されている音楽の中で使いたいものを交渉していこうと思っています。今回の企画 PR 映像も「快速東京」に許可を頂いて使っているんですけど、音楽をできるだけ使って結果的に映画だけで終わらずその後も一緒に仕事できていけるような環境を作っていきたいなと思っています。企画の内容が「27クラブ」なので、その辺の年代の人たちでくすぶっている人たちと一緒になんか天才にちょっとでも近づけていけるようになればなと思っています。

田中:ありがとうございました。2次選考のWEB投票は10/30(火)まで続きますので、引き続きよろしくお願いします。本日は皆さんありがとうございました。

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